時を超えて交わる剣と心
無限城の奥深く――炭治郎たち鬼殺隊は、上弦の鬼たちとの死闘を続けながら、過去と未来、そして己の「存在意義」と真っ向から向き合っていきます。
第17巻は、風柱・不死川実弥、そして水柱・冨岡義勇と炭治郎の想いが交錯する場面から幕を開けます。
静かで強く、どこか冷たい印象の義勇は、これまで自らの心のうちを誰にも明かそうとはしませんでした。
しかし炭治郎とのやりとりのなかで、彼の過去――最愛の姉・蔦子を失ったこと、自らを柱にふさわしくないと感じ続けていること――が、初めて語られます。
その言葉の一つひとつは、淡々としていながらも、痛みと後悔に満ちていて。
読む側もまた、義勇の“冷たさ”の奥に潜む優しさや、自責の念に胸を締めつけられるような感覚に包まれるのです。
炭治郎の率直なまなざしが、少しずつ義勇の氷のような心を溶かしていく――その変化の瞬間を、そっと見守る感覚は、とても繊細で心を揺さぶります。
語られる過去、刃に込めた記憶
そして、物語は激しくも美しい戦いへと突入します。
月の呼吸を使う剣士・上弦の壱、黒死牟(こくしぼう)。
対峙するのは、霞柱・時透無一郎と、元柱でありながら再び刀を握った不死川玄弥、そして岩柱・悲鳴嶼行冥(ひめじま ぎょうめい)。
鬼となった黒死牟の正体は、なんと無一郎の祖先・継国厳勝(つぎくに みちかつ)――彼の存在は、鬼でありながら人間だった頃の「絆」や「嫉妬」、そして「誇り」を色濃く残している稀有な存在です。
黒死牟の力は圧倒的で、彼の一閃に触れた瞬間、空間が割れ、命が散る。
しかしその中で、最も心を打たれるのは“戦い”ではなく、そこに込められた「想いの系譜」です。
無一郎は、祖先との血のつながりだけでなく、「大切な人を守りたい」という強い気持ちで立ち向かいます。
玄弥もまた、鬼狩りとしての自分を受け入れてもらえなかった兄・実弥との断絶を胸に抱きながら、命を懸けて戦います。
彼らの中で語られる「家族」の記憶――それは過去への後悔や許されぬ罪を含んでいて、だからこそ、その戦いはどこまでも“人間的”で、痛ましく、胸に迫るものがあるのです。
美しくも儚い、命の刹那
戦闘は激しさを増し、無一郎はすでに両腕を奪われ、玄弥の身体も限界を迎えようとしていました。
けれど彼らは止まらない。
柱としての責任でも、復讐心でもない。“この場にいる人を守りたい”――それだけの想いが、彼らの身体を最後まで突き動かします。
この巻で描かれるのは、単なる死闘ではありません。
まるで、命そのものが燃え尽きる美しい炎のような、“最期の輝き”です。
特に無一郎の最期は、静かで、透明で、悲しくて、だけど少しの救いがありました。
記憶のなかで再会する家族の姿、自分がここに生きていた証。そしてその想いを仲間に託して、笑みさえ浮かべて彼は旅立つのです。
玄弥の散り際もまた、凄絶でありながら、兄への想いに溢れたものでした。
自分は鬼を取り込むことでしか強くなれなかった、それでも兄に近づきたかった――そんな言葉にならない想いが、読者の胸にじんわりと染み渡っていきます。
不器用で、まっすぐで、切なすぎる兄弟の絆。それはまさに、鬼滅の刃という物語の核となる“愛”のかたちでもあるのです。
遺された者たちの、その先へ
無一郎と玄弥の命は尽き、黒死牟もまた、その過去と己の業に引き裂かれるように崩れていきます。
彼は死の間際に見た弟・縁壱(よりいち)の幻影に、自分が何を間違えてしまったのか――その答えを探しながら、誰にも看取られることなく消えていくのでした。
その姿は、鬼でありながらも哀れで、どこか人間らしさを残したままの“敗者”として描かれます。
けれどそれは、彼を許すという意味ではなく、「選択を誤った者の果て」を明確に示すため。
だからこそ、無一郎や玄弥の“生き様”が、より鮮烈に胸に残るのです。
巻の終わりでは、残された仲間たちがそれぞれに前を向いて動き出します。
失った命を無駄にしないために、まだ戦いは終わらない――それが彼らの心に灯る、静かな誓い。
そして炭治郎たちもまた、無限城のさらに奥深くへと進んでいきます。
その先に待つのは、かつての仲間を鬼にした者、そして全ての元凶――鬼舞辻無惨。
夜明けはまだ遠く、闇はなお深い。
けれどその一歩一歩に、確かに想いはつながっているのです。
『鬼滅の刃 17巻』は、シリーズ全体でも屈指の“感情の密度”を誇る巻です。
華々しくも切なく散っていった命。託された想い。そしてまだ何も言えなかった、けれど確かに存在した絆――そのすべてが、丁寧に、繊細に描かれています。
とくに、女性読者にとっては、胡蝶しのぶ、時透無一郎、栗花落カナヲ、不死川兄弟といった繊細で誇り高いキャラクターたちの在り方が、どこか共感を呼び、胸に深く刺さるはず。
強さとは、怒りや力ではなく、誰かを想うやさしさから生まれる。
この巻を読み終えたあなたも、きっとそう感じるでしょう。
涙なしには読めない17巻は、“命の重み”をまっすぐに見つめる大切な1冊です。
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