『鬼滅の刃 8』(ジャンプコミックス)――熾火(おきび)のように宿る想い、夜明けを焦がす一筋の炎――

夜汽車の静寂、忍び寄る闇

魘夢(えんむ)を討ち取り、無限列車に再び静けさが訪れた刹那。炭治郎たちの耳に届くのは、かすかな線路の軋みと夜風の吐息だけ――けれど安堵の灯は、次の瞬間、鋭く打ち消されます。上弦の参・猗窩座(あかざ)が月下に降り立ち、炎柱・煉獄杏寿郎の疾(はや)い眼差しと邂逅。闇の深さを映した金色の瞳が、炭治郎の胸に不吉な余韻を落とし、読者もまた鼓動を握りしめるような序幕です。

炎と鬼気、刹那に揺らぐ命の温度

「共に至高の領域へ昇れ」と誘う猗窩座。杏寿郎は朗らかな笑みの奥に宿した炎で答えます――「俺は人として生を全うする」。夜空で交錯する刃と拳。炎の呼吸“奥義・煉獄”は、燃え盛る鮮紅の尾を引き、鬼の再生をなぞる蒼白の拳は凍てつく死を振り撒く。火花が舞い散るたび、杏寿郎の記憶に母の面影が揺れ、炭治郎のまなざしには“決して届かない距離”への焦燥が焼きつきます。
客車の影から響く乗客の悲鳴、禰豆子に寄り添おうと這いずる善逸の震え、伊之助の獣の咆哮――それらを背負い、杏寿郎は“柱”としての責務を貫く。女性読者の胸には、ただ強いだけではない、慈愛を抱く勇者の横顔が深く刻まれることでしょう。

揺るがぬ意志、命を繋ぐ言葉

夜明けを告げる朱が雲を染めるころ、杏寿郎の胸を突き破った猗窩座の拳。血を噴き、息を乱しながらも炎柱は一歩も退かない。弱き者を護るため、自らの生を燃やし尽くす覚悟がその背を支えます。
「君は死なない」、鬼の甘言が夜気に溶けるたび、杏寿郎は静かに首を振る――「老いるからこそ人は尊い」。その凜とした声明に、炭治郎と私たち読者は胸を焼かれ、熱い雫が頬を伝います。
やがて猗窩座は夜明けを恐れ、闇へ逃げ去る。炭治郎の「逃げるな!」という慟哭は、杏寿郎の胸に残る炎を受け継ぎ、線路を震わせるほどの痛切な響きを放ちます。

黎明の涙、受け継がれる炎

緋色の朝焼けが杏寿郎の頬を照らす頃、彼は炭治郎へ、そして遠く離れた父と弟へ、最後の言葉を託します。

  • 「胸を張って生きろ」
  • 「君の剣は、人のために振るわれている」

燃え尽きる炭のように微弱になっていく声の奥に、なお揺るがぬ温度。炭治郎は熱い涙をこぼしながらも、その言葉を刀の鍔(つば)に刻む刹那を迎えます。
杏寿郎の死を伝え聞いた父・槇寿郎の荒れ狂う怒号、弟・千寿郎の静かな嗚咽――読む私たちも、遺された者の痛みと、歩みを止めぬ者の決意を抱きしめるのです。
そして柱たちが捧げた白菊の香りが夕凪の空へ漂うとき、炭治郎たちは再び前を向く。蝶屋敷の慟哭、柱合会議で揺らめく炎の面影、そして音柱・宇髄天元が告げる“遊郭”への新たな任務――未来はなお燃え盛り、熾火は静かに胸奥で赤く脈打ちます。

第8巻は、散りゆく炎と受け継がれる焔(ほむら)、儚さと強さが織りなす2000ページを超える心の温度計。ページを閉じたとき、あなたの掌にも杏寿郎が遺した温かな火種がそっと宿り、愛しい人の名を呼びたくなるかもしれません。

コメント

タイトルとURLをコピーしました