『鬼滅の刃 9』(ジャンプコミックス)――喪失の灰に芽吹く焔(ほむら)、そして艶やかな夜へとつながる予兆――

炎の遺志、揺らめく日輪

無限列車で散った煉獄杏寿郎の面影を抱き、炭治郎はひとり煉獄家を訪れます。冬枯れの庭に落ちる斜陽は淡く、雪解けの滴が瓦を打つ音さえ胸に沁みるひととき。炎柱の父・槇寿郎は、かつて名を馳せた炎柱とは思えぬ荒れた姿で炭治郎を突き放しますが、その荒々しい背中にも確かに残る息子への愛を感じ取り、私たち読者は胸の奥でそっと涙を温めることでしょう。
杏寿郎が遺した日輪刀の鍔と、弟・千寿郎が手渡す温かな手紙。そこに綴られた「君の心は燃えているか」の言葉は、冬の空気に小さな炎を灯し、炭治郎の胸に再びヒノカミ神楽が脈打ちます。

音を纏う煌めき、艶やかな誘い

蝶屋敷で傷を癒す穏やかな日々――藤の香に包まれた畳の上で、善逸は禰豆子の箱の番をしながら甘い妄想に頬を上気させ、伊之助は竹箒を刀に見立てて暴れ、カナヲは静かに微笑む。そんな柔らかな時間を破るように現れたのが、音柱・宇髄天元。
宝石のように煌めく額当て、豪奢な羽織、低く弾む声。天元は「派手を極める任務だ」と高らかに告げ、炭治郎たちを吉原遊郭へと誘います。かつて忍だった彼の三人の妻が消息を絶った――救出と鬼討伐のため、“花魁見習い”として潜入せよ、と。炭治郎たちはそれぞれに白粉をのせ、華やかな鬘を結い、絹の裾を揺らして闇を抱く街へ足を踏み入れるのです。

艶夜に蠢く白き帯、忍び寄る孤独

吉原は提灯の朱と艶歌の旋律が溶け合う華麗な迷宮。けれど路地の奥で消える微かな悲鳴と、帯に絡め取られた遊女の影が、夜の灯をかすかな恐怖で縁取ります。
炭治郎はとある屋敷で丁稚として働く少女・雛鶴から「帯の目玉が私を見ている」と震える告白を受け、善逸は三味線の音に紛れて聞こえる低い唸りを嗅ぎ取り、伊之助は天井裏を駆ける気配を追い猛獣のように嗅覚を尖らせる。
やがて浮かび上がるのは、上弦の陸・堕姫(だき)。艶やかな黒髪と妖艶な瞳、白い帯は刃と化し、花街そのものを繭のように絡め取る。堕姫の冷笑が、夢も希望も絞め殺す夜の残酷さを映し出し、読者の胸にもぞくりと冷たい指先が這うでしょう。

譲れぬ誇り、夜を裂く奥義の螺旋

帯に封じられた天元の妻・須磨・まきを・雛鶴を救い出すため、炭治郎は彼女らの涙をそっと拭い、「必ず夜明けを連れて来る」と誓います。
禰豆子の箱を抱え走る廊下、善逸が消えた夜更けの小雨、伊之助の双刀がきらめく屋根裏。徐々に絡み合う運命の糸の中心で、堕姫は憐れみを乞う少女の姿と、怨嗟を纏う鬼の貌を使い分ける――「美しいものだけが生き残るのよ」と。
炭治郎のヒノカミ神楽は、杏寿郎の鍔に導かれるように炎を纏い、堕姫の帯を焼き切る紅蓮の渦を描きます。女の笑みと鬼の嗤いが交錯する刹那、夜の空気は張り詰め、雪のように白い布が鮮血を弾く。
そして雨に濡れた路地で向かい合う炭治郎と堕姫――胸に疼く煉獄の言葉が、少年の背を押し、瞳に映る炎はよりいっそう凛然と燃え上がるのです。
第9巻は、哀惜を抱いた炎が艶やかな夜を照らし、花街に潜む闇を切り裂く序章。ページを閉じれば、頬を撫でるのは帯の絹か、それとも燃ゆる刀身の熱か――あなたの胸にも、守りたい誰かの笑顔がそっと浮かぶことでしょう。

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